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しながわの花海道

2011.11.01.Tue.23:17
品川にコスモスの花畑があることを聞いて、行ってきました。
地域の住民の方によって、勝島運河の両岸に作られた花畑でした。
コスモスの他にもいろいろな花が植えられていました。
ラベンダーの苗も多数ありました。
手入れをしている方に話しを聞くことができました。
来年の夏にむけて、ラベンダー(スーパーとフラノ)をふやそうとしているとのことでした。

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コメント
初めて聞く「勝島運河」から、町の勉強させていただきました。

勝島とは運河の東にある地名で、東京湾の埋め立てでできた町。
埋立当時は大井とは離れた「島」であった。時代は日中戦争の頃で戦に勝つよう命名された。
なんで埋め立てを陸続きにせず島にするか。

埋め立てる土地の旧海岸には、川の河口や水路の排水口がいっぱい点在する。それを無視して埋め立てれば
内陸部の土地は川の氾濫、排水不能で水に浸かってしまう。
また岸に船をつないで漁などしている人があればそれができなくなってしまう。
だから元の海岸線は埋め立てすに海のまま残す。
そのかわり埋立地に行くには橋を架けるか渡し舟の利用となる。

それで勝島も陸続きでなく「島」で埋め立てられたとおもう。
残された海面は川や排水路でもあり、沿岸の工場などは貨物輸送に船(艀:はしけ)も利用できるメリットや、
島で発生する公害(騒音、ばい煙、悪臭など)を内陸部と隔絶させる意味もある。
「運河」と呼ぶのは舟運という機能に着目した命名だろう。

ただし現在では勝島の南部半分くらいの運河は埋め立てられ陸続きになっている。
→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%9D%E5%B3%B6

現在残っている運河は立会川という河川の河口になっている。
運河は川の幅に対して十分に大きく、また外海に面していないので、河川や海岸堤防に比べ危険の少ない岸である。

雨水が流れて岸辺の土を浸食されないよう、コンクリート張りになっていたところを、ほじくり返しても影響の少ない上のほうだけ
草花を植えることを区や都が認めたのでしょう。いいアイディアとオモイマス。

この辺り、立会川、鮫洲、青物横丁なんて、いわくありげな地名が並んでいて、さすが東京と感じます。

自分の知識欲のため、長々と失礼しました。 m(_ _)m
amさん、こんばんは~
勝島運河に関して詳細に書いてくださり、ありがとうございます。
東京湾周辺はかなり地形が変えられてきて、現在に至っているのですね。
なぜ運河になっているのかも全く知らず、とても勉強になりました。
立会川は幅が狭く、生活排水などで、一時水がキレイでなくなってしまったようです。
川の水をきれいにしようという看板が立てられていました。
立会川の水質浄化についても、ネットに出ていました。

JR総武線地下トンネルの湧水を昔は下水に流していて膨大な下水処理料支払っていたのを、立会川に導水していると。
地名から由来や歴史を調べること、私も興味があります。
川の源流をたどるのも好きです。
東京は開発の速度が速いので、だいぶ変わってしまったけれど、
地名には痕跡が残っているところが多いですね。
今はネットで調べられるので楽しいですね。
ありがとうございます。

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